福岡地方裁判所小倉支部 昭和49年(ワ)374号 判決 1976年4月30日
原告
松尾貞代
右訴訟代理人
坂元洋太郎
被告
岸本一夫
被告
岸本夏子
右被告ら訴訟代理人
藤崎唆
主文
一、被告らは原告に対し各自金一三四万九四一〇円及び之に対する、被告岸本一夫につき昭和四九年六月八日から、被告岸本夏子につき昭和四八年六月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告の被告岸本一夫に対するその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「一、被告らは原告に対し各自金一三四万九四一〇円及び之に対する昭和四八年六月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。二、訴訟費用は被告らの負担とする」。との判決並に第一項につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
一、原告は都ホテル列車食堂株式会社九州営業部小倉営業所に勤務するものであり、被告岸本一夫は肩書地において岸本鍼灸マツサージ養院なる名称にて鍼灸養院を経営し、鍼灸マツサージの施療を行い、被告岸本夏子はその補助者であるが、原告は同鍼灸療院において昭和四六年頃から肩背の痛みのため被告一夫の鍼・マツサージの治療を受けていた。
二、原告は昭和四八年六月一九日午後三時過頃従前どおり被告一夫から鍼・マツサージ施療を受けるべく同療院に赴いたところ、偶々患者が多かつたため、被告一夫の指示に従い、肩部と背中について被告夏子の鍼・マツサージ施療を受け、その後腹部と腰部について被告一夫から鍼・マツサージの施療を受けた。
三、ところが、被告夏子は原告に対し鍼治療を施すに際し、凡そ鍼の施術者たるものは、金属針を被術者の体内に刺入して行う施術の特殊性に鑑み、被術者の健康、体格、施術部位に応じて針の太さ、長さを選択するは勿論刺針の浅深、強弱を加減することにより、いやしくも被術者の内臓に損傷を与えることがないよう細心の配慮をなすべき注意義務があるに拘らず之を怠り、従来使用されたより太い鍼を使用した上、原告の左背部二ケ所において漫然刺針の浅深についての判断を誤り、針尖を体内深く胸膜を貫いて肺組織内部に刺入させ、もつて原告に対し昭和四八年六月二一日から昭和四九年一二月末日頃までの加療を要する左血気胸並にそれに附随する皮膚湿疹の傷害を与えた。
四、しかして原告が同鍼灸療院において被告夏子から鍼の施術を受けたのは、原告と被告一夫との間における鍼・マツサージの診療契約に基くものであり、同契約は民法第六五六条の準委任契約であるから、被告一夫は原告に対し、善良な管理者の注意をもつて自ら或は補助者をして施術をなすべき債務を負担したに拘らず補助者たる被告夏子の前記所為により原告に傷害を与え、右債務の完全な履行を怠つたので、民法第四一五条により債務不履行による損害賠償の義務を負担し、同時にまた被告夏子も原告に対し不法行為者として民法第七〇九条により損害を賠償すべき義務を負担した。
五、原告が前記受傷により被つた損害は左のとおりである。
(一) 積極的損害 金三万〇〇二〇円
(イ) 治療費 金一万三五二〇円
原告は受傷により、昭和四八年六月二一日から昭和四九年一二月末日頃までの間、吉村医院、記念病院、北九州病院、労災病院、常安病院、九大病院、白石病院等において加療し、治療費として合計金一万三五二〇円の出費を余儀なくされ、同額の損害を被つた。
(ロ) 入院雑費 金一万六五〇〇円
原告は受傷した左血気胸治療のため昭和四八年六月二九日から同年八月七日までの四〇日間九州労災病院に、同月八日から同年一二月二九日のうちの一五日間常安病院に入院し、入院に伴う雑費として一日平均金三〇〇円の出費を要したので、その五五日分である金一万六五〇〇円は原告が被つた損害である。
(二) 消極的損害 金六四万三三八〇円
原告は受傷前前記のとおり都ホテル列車食堂株式会社に勤務し、交通費を除き月額金六万五七〇〇円(内基本給六万一五〇〇円)の収入を得ていたものであるところ、受傷による法療のため止むなく昭和四八年六月二一日から翌四九年一月七日まで休職し、そのため少くとも右金六万五七〇〇円の六ケ月間分の得べかりし収入である金三九万四二〇〇円の損害を被つた外、同月九日から同月三一日まで通常一日八時間勤務のところ一日五時間しか稼働できず、そのため金一万七六三五円相当額の収入を失い、更に休職のため昭和四八年下期の賞与金二三万三七〇〇円を受給できず、同額の損害を被つたが、本訴においては右賞与金の内金二三万一五四五円を損害として請永する。
(三) 精神的損害 金五〇万円
原告は従来被告らの鍼技術を信頼し永年鍼治療を受けてきたが、被告らの一方的過失のため「左血気胸」という重大な傷害を受け、胸部痛、咳、微熱に悩まされながら長期間休職を余儀なくされた上入院生活を送り、更に血気胸の治療に伴う薬物の副作用のため顔一面、首筋にかけて醜悪な湿疹が発生し年頃の娘として極めて恥ずかしい思いを強いられたのみならず、原告受傷の原因をめぐつて被告らは種々悪辣な画策を敢てし、そのため原告は治療中の病院をその意に反して退院せざるをえなくなること数度に及び、心労休まる時なく快癒が遅れた。その間における原告の肉体的、精神的苦痛は甚大であり、その慰藉料としては少くとも金五〇万円が相当である。
(四) 弁護士費用 金一七万六〇一〇円
原告受傷の原因が被告夏子の鍼施術上の過失にあることは事故直後における訴外九州労災病院の検査結果から明らかであつたに拘らず、被告らは原告病状の原因を争い、且つ原告の補償要求に対しても極めて不誠実であつたため、原告は弁護士に訴訟委任して本訴提起することを余儀なくされ、弁護士費用として勝訴額の一割五分相当の支払を約している。従つて右(一)ないし(三)の損害合計金一一七万三四〇〇円の一割五分に相当する金一七万六〇一〇円も原告が前記受傷により被つた損害である。
六、よつて原告は被告らに対し各自前項損害合計金一三四万九四一〇円及び之に対する事故発生の翌日である昭和四八年六月二〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ、と陳述し、被告一夫主張の抗弁事実は否認する、と述べ、
証拠<略>
被告ら訴訟代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び被告一夫の抗弁として、原告主張の請求原因事実中被告一夫が肩書地において鍼灸療院を経営していることは認めるが、その余の点は全て争う、仮に被告一夫において原告に対しその主張の債務を負担した事実があるとしても、同被告は被告夏子をして債務を完全に履行せしめたものであり、その間被告一夫はもとより被告夏子にもなんらの過失がないから被告一夫が原告に対し債務不履行による責任を負担すべきいわれはない、即ち、昭和四八年六月一九日以降における原告に対する各病院の診断結果を仔細に比較検討すれば、原告は右同日以前から左側湿性胸膜炎に罹患していたことが明らかであり、原告が同日の鍼施術に基き左血気胸の傷害を受けた事実のないのはもとよりXが原告の肺臓に達した事実もないことが明白に結論ずけられるのであつて、被告らには施術上なんらの過失がない、よつて原告の本訴請求に応ずべきいわれは全くない、と述べ、証拠<略>。
理由
<証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。
(一) 原告は都ホテル列車食堂株式会社九州営業部小倉営業所に勤務し、計算係の業務に従事する当時二七才の極く平均的に健康な女性であり、昭和四八年六月一九日以前の病歴としては、生後約半年頃の左膝関節部骨膜炎と昭和四二年頃入院一ケ月位を要した貧血症、同四五年四月の赤痢を患つた外は格別重篤な病歴を有せず、特に胸部疾患については全く病歴なく、昭和四八年五月一五日勤務先で施行された定期健康診断(間接撮影)の結果も正常であり、なんらの異常がなかつた。
(二) 被告らは昭和四七年頃から内縁関係を結び、昭和四八年六月二五日法律上婚姻した夫婦であつて、いずれも「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」に基く免許を有する鍼師であるが、被告一夫は昭和一七年四月頃から肩書住所地において「岸本鍼灸療院」なる名称にて鍼灸マツサージ療院(以下「被告療院」と略称)を開業し、昭和四八年六月一九日現在、被告夏子の外にマツサージ指圧師四人位の従業員を擁し、診療台七台を有していた。
しかして昭和四八年六月一九日当時における岸本鍼灸療院の業務の実態については、対内的にも対外的にも被告一夫独りの経営に係り、従業員が同被告と支配従属の関係にあつたのは勿論であるが、被告夏子も療院業務に関しては被用者ではないが従業員同様被告一夫の指揮を受けて之に従属し、同被告の業務を補助ないし代行する立場にあり、且つそれ以上のものではなかつた。
(三) 原告は昭和四六年三月頃から肩凝り、胃腸治療のため月一、二回平均被告療院を訪れ、主に被告一夫の鍼マツサージ施療を受けていたが、昭和四八年六月一九日午後四時頃従前同様の目的で被告療院を訪れたところ、当日偶々患者が混んでいたため、被告一夫から同被告の鍼治療を受けるためには寸時順番を待つよう求められて之を承諾し、更に待ち時間中首と肩の部分につき被告夏子の鍼施術を受けるよう被告一夫から指示された結果、左のとおり被告夏子の施術を受け、その後被告一夫から胃腸部分の鍼施術を受けて帰宅した。
(四) 被告夏子は被告一夫の指示を受けて原告に対し鍼施療を行うに当り、肩凝りの具合から通常原告に使用すべき針より一廻り長く太い針(その正確な長さ、太さは証拠上必ずしも明確ではない)を使用して首、背中に刺針施療したが、その途中原告は左背部二ケ所において刺針の瞬間従来経験したことがない強い痛みを感じた。
(五) それから約三〇分の後、原告は被告療院からの帰途バスのなかで左側胸部痛を自覚し、更に同日夜左肺部内に異常な摩擦音の生ずるを自覚し、翌日も右症状は治まらないばかりか胸背部痛は激化して発熱したため、同月二一日から同月二五日まで吉村医院に、同月二七日に記念病院と北九州病院において受診し、同月二九日から同年八月七日まで九州労災病院に、同月一六日から同月三〇日まで常安病院に各入院治療(入院日数合計五五日)した外殆ど同年一杯九大病院、常安病院、白石医院等に通院治療し、更に同年一〇月頃内科治療に伴う薬物の副作用により顔面首筋一面に湿疹を生じ、その治療のため翌昭和四九年一二月頃まで皮膚科医院において通院加療した。
(六) 昭和四八年六月一九日以後における原告の疾患は、各種精密検査の結果、左胸膜腔内に空気或はガス及び血液が貯溜する「左血気胸」以外のものではないことが判明したが(尤も医師によつては胸膜炎と診断したに止まつたこともあるが、元来血気胸に胸膜炎の症名が附されたとしても各症名の性質上あながち誤りの診断というべきでないのみならず胸膜炎の右診断は胸膜内に貯溜した液体の血性検査がされてない場合の診断であることからしても血気胸の診断と必ずしも矛盾抵触するものではない)、血気胸の原因としては、通常、激しい咳嗽、嘔吐、筋肉運動や肺結核、大動脈瘤、悪性肺腫瘍等が考えられる外、それ以上に交通事故による骨折、胸部の刺創、弾創、人工気胸施行中の気胸針による肺損傷等外傷性のものが多く考えられており、鍼施療における刺針についても被術者の体格、施術部位、針の長さ太さ、刺針の浅深、強弱如何では、血気胸を発症さすべき充分の可能性を有するものとされている。
しかして原告は、昭和四八年六月一九日前後頃において、被告療院における鍼施術以外に、血気胸の原因となるべき格別の経験ないし疾病を有しなかつた。
以上(一)ないし(六)の事実が認められ、<証拠判断略>。
叔上(三)認定の事実に徴すれば、昭和四八年六月一九日、被告一夫と原告の間において鍼・マツサージの診療契約の成立したことが明らかであり、右契約の性質は準委任契約であるから、同被告は原告に対し善良な管理者の注意をもつて診療事務を処理すべき債務を負担し、原告の黙示の承諾を得た上、妻である被告夏子をして右債務の履行を代行せしめたものということができる。
ところで被告夏子の鍼施術の所為と原告疾患との関係について考えるに、訴訟上の因果関係の立証は一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく、経験則に照して全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、且つそれで足りるものである(最高裁判所昭和四八年(オ)第五一七号昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決)と解すべきところ、原告の病状、治療経過等に関する前判示の事実、特に原告は被告夏子の昭和四八年六月一九日の鍼施術の途中刺針の瞬間二回に亘り従来経験したことがない疼痛を左背部に感じたこと、その三〇分後から左胸部痛、発熱、胸膜腔内の血液貯溜等血気胸の典型的症状をみるに至つたこと、鍼施療における刺針は、被術者の体格、施術部位、針の長さ、太さ、刺針の浅深強弱如何によつては、外傷性血気胸を発症させる充分の可能性を有するものであること及び原告には同日以前はもちろん同日以後においても血気胸の原因となるべき特別な経験ないし疾患はないこと等の事情を彼此総合検討すると、他に特段の事情が認められない限り、経験則上原告の血気胸の原因は被告夏子の鍼施術における刺針行為であり、血気胸の発症と同被告の鍼施術の間に因果関係を肯認するのが相当であるから、結局被告一夫は前示準委任契約の履行において不完全であつたといわなければならない。
原告は、被告夏子の責任につき、血気胸の発症は被告夏子の鍼施術上の過失に基く旨主張するのに対し被告一夫は履行補助者たる被告夏子には鍼施術上なんらの過失がないから被告一夫が債務不履行の責任を負ういわれはない旨抗争するので、更にこの点について審究するに、先ず被告らの右主張に関し、夫婦共法定の資格を有し、共に同一種類の事業に従事する場合において、一方が第三者に与えた損害を他方が負担する法律上の根拠については、夫婦であるという一事をもつて履行補助者であると即断するのは相当でなく、一方が損害を生ぜしめた具体的事業の執行に当り、他方が如何に関与したかを実体的にみることによつて決定さるべきところ、前示(二)(三)認定の事実に徴すれば、被告夏子は被告一夫にとつて同被告の手足と同視すべきいわゆる履行補助者というより更に裁量の範囲が広く、同被告に代つて診療債務を行ういわゆる履行代用者として鍼施術を行つたことが明らかである。
しかして当裁判所は民法第四一五条の「債務者ノ責ニ帰スベキ事由」には債務者ないしその履行補助者の故意過失のみならず債権者の承諾を得て使用されたいわゆる履行代用者の故意過失も例外なく含まれると解するので、進んで履行代用者である被告夏子の過失の有無を検討するに、凡そ鍼の施術者たるものは、金属針を被術者の体内に刺入して行う鍼施術の特殊性に鑑み、被術者の年令、職業、健康、体格、施術部位、筋の強弱、鍼に対する敏、不敏等に応じて針の太さ、長さを選択するはもちろん刺針の浅深、強弱を加減することにより、いやしくも被術者の内臓組織に損傷を与えるが如きことのないよう細心の配慮をなすべき注意義務を負担するというべきであるが、刺針による血気胸の発症が前認定のとおりである以上、右発症が不可抗力によるものであるか、現代医学の予測を超える程度に鍼に過敏な特異体質等その他之に類する原因に起因することの立証がない限り、被告夏子は右の注意義務を怠り、漫然刺針の浅深についての判断を誤つて針尖を体内深く胸膜を貫いて肺組織内部に刺入させる過失を敢てしたと推認するのが相当である。
<証拠判断略>
そうとすれば被告一夫は診療契約上の債務不履行により、被告夏子は不法行為者として、それぞれ原告に対し原告が血気胸の発症及びその治療に附随して生じた薬物による皮膚湿疹の発生により被つた損害を賠償すべき義務を負担したといわなければならない。
そこで以下原告主張の順序に従い、その損害について考察する。
(一) 積極的損害
(イ) 治療費 金一万三五二〇円
原告が血気胸並にそれに伴つて発症した皮膚疾患のため入、通院による加療を余儀なくされた経緯は前認定(五)判示のとおりであり、<証拠>を総合すると、原告はその治療費として合計金一万三五二〇円を支出したことが認められる。
(ロ) 入院雑費 金一万六五〇〇円
原告が受傷により合計五五日間の入院治療を強いられたことは前認定のとおりであり、その間一日金三〇〇円の割合による合計金一万六五〇〇円の雑費の出費を必要とし、同額の損害を被つたと認めるのが相当である。
(二) 消極的損害 金六四万三三八〇円
<証拠>を総合すると、原告は受傷時北九州市小倉北区浅野国鉄駅構内所在都ホテル列車食堂株式会社九州営業部小倉駅営業所に計算係として勤務し、交通手当を除き月額金六万五七〇〇円(内基本給六万一五〇〇円)の収入を得ていたものであるが、受傷による加療のため、昭和四八年六月二一日から六ケ月間の休業を余儀なくされ(現実の欠勤は昭和四九年一月七日まで)、その間の得べかりし収入合計金三九万四二〇〇円を失い、更に復職後昭和四九年一月八日から同月三一日まで(実出勤二一日)通常一日八時間勤務のところ一日五時間しか稼働できず、その差一日三時間の二一日分である六三時間分は有給休暇七日をもつて充当された結果、本来稼働することなく受給できる有給休暇七日分の賃金相当額である金一万七六三五円の得べかりし収入を失い、
更にまた加療のための欠勤がなければ当然受給できたであろう昭和四八年度下期の賞与金二三万三七〇〇円の得べかりし収入を失い(基本給の三・八ケ月分)夫々同額の損害を被つたが、原告は右損害中賞与金については内金二三万一五四五円を請永するに止まるので消極的損害の合計額は金六四万三三八〇円となる。
(三) 精神的損害 金五〇万円
前示認定のとおり、原告は受傷により入院二月、通院一六月余の療養生活を余儀なくされたのみならず昭和四八年一〇月頃以降は血気胸治療に伴う薬物の副作用のため顔面、首筋一面に湿疹を生じ年頃の娘として心労一方ならず加うるに原告本人の第一、二回供述に照せば、血気胸発症の原因追及ないし補償交渉について原告に対する被告側の態度は必ずしも誠実なものではなかつたこと及び損害額の算定に当り、前示認定の各種損害の外原告は九大病院外数多くの病院に通院したとき相当額の交通費を支出し且つ母親が原告看護のために要した相当額の交通費を支出したこと(交通費の正確な損害額はその立証が不充分である)が認められることに前示認定に係る諸般の事情を彼此総合考慮すれば、原告の肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料額は、原告請求の金五〇万円を下廻ることはないというべきである。
(四) 弁護士費用 金一七万六〇一〇円
本訴立証の難易、経過と前認定の諸般の事実を総合すれば、原告が本訴を提起したために弁護士に支払い又は支払うであろう費用のうち叔上認定(一)ないし(三)の損害合計金一一七万三四〇〇円の一割五分に相当する金一七万六〇一〇円は、原告の受傷と相当因果関係あるものにして被告らが負担すべき損害と認めるのが相当である。
以上の次第で、原告に対し、被告一夫は債務不履行により、被告夏子は不法行為者として、夫々右(一)ないし(四)の損害合計金一三四万九四一〇円の支払義務を負担したというべきところ、遅延損害金は被告夏子については不法行為の翌日の昭和四八年六月二〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による支払義務があるが、被告一夫については本件全証拠によるも右同日遅滞に付されたことを認むべき証拠はなく、また本訴提起前に遅滞に陥つたことを認むべき確証もないから、訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年六月八日から支払済まで民法所定年五分の割合による支払義務を負担するに止まるものである。
よつて本訴各請求は、被告一夫に対しては右の限度において、被告夏子に対しては全て、正当として之を認容すべく、被告一夫に対するその余の請求は失当として之を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用するが、仮執行の宣言は本訴において相当でないから之を付さず、主文のとおり判決する。 (鍋山健)